元外交官・天木直人さんの6月9日のブログに、読者からのメールとして、素敵な文章が紹介されていました。以下、一部引用します。
「私たちが何をするかではなく、私たちがどういう事実を知るかではなく、私たちが本当に平和を望んでいるかどうか、そして同時に本当に他の国々の人達の安全も尊重しているかどうか、、そういうことが問われているのだと思います。
本当は、私たちはどう思っているか?それが、すべての源になると思います。」
「私たちが本当に平和を望んでいるかどうか」、これはとても深い問いかけだと思います。日常のさまざまな場面で、「平和」と天秤にかけられる「お金」「恋愛」「自由」「仕事」「偏見」などなど。今日の暮らしを優先することで、何かに無関心になる。その積み重ねが今の世界なのだとしたら。。。「自分は本当に平和を望んでいるかどうか」なんて、分からなくなってきます。
「平和」と対立(?)する、「お金」「恋愛」「自由」「仕事」「偏見」などから解放されるには、突き詰めていけば、「孤独」「死」を恐れないことしかないのかもしれません。そうして初めて、「お金」「恋愛」「自由」「仕事」「偏見」と良い関係を築くことができ、「平和」と対立しなくなるのかもしれません。
世界には、「死」を恐れないさまざまな宗教があります。それは、人間の信仰心という優れた面だと思いますが、それらの宗教が、他人の「命」、他人の「死」を尊重しているかどうかと考えたときに、疑問を感じてしまいます。
冒頭のもう一つの問いかけ、「本当に他の国々の人達の安全も尊重しているかどうか」。これには、二つの側面があると思います。
一つは、気持ち。他の国々の人達と直接関わりがなければ、他の国で起こっている出来事は、やはりどこか「ブラウン管の向こう側」になってしまう。でもその国に友人・知人がいれば、その国がとても身近になる。言い古された表現かもしれませんが、「国際交流」の意味は、そこにあるんだと思います。
ただ、自分の反省として、つながり続ける努力が大切だと実感しています。言葉の違いや距離の遠さを越えて、つながり続ける面白さを、身近な人たちから教えてもらっています。
そしてもう一つは、構造的なもの。他の国々に(国内にいる外国人も含め)親しみを持ち、彼らの安全を願う一方で、少しでも安くて質の高いものを買い、こつこつと貯蓄をする。その日常的な行為や美徳が、彼らの国を含めた世界中のさまざまな戦争や紛争に間接的に関係してしまっている。
こんな、とても悲しい現実から目をそらさずにいること。そして、構造を変えるために、少しでも動き出すこと。それが、「本当に」平和を望んでいるか、という問いかけに対する自分なりの答えになるんだと思います。
孤独・死を恐れず、二項対立をやめ、つながり続け、構造を変える。生涯続く挑戦です。その応援歌として、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」を大切にしたいと思います。
雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ蔭ノ
小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ
◆目次: