アフリカ。全く未知の世界でしたが、青年海外協力隊をきっかけに、とても身近な存在になりました。とはいえ、地元で暮らしながら、無理せずにアフリカを感じることは難しいだろうなぁと帰国しましたが、幸運にも2つのものに出合いました。
1つは、『立命館アジア太平洋大学(APU)』。山の中に突然現れた大学は、70近い国からの留学生が全生徒数の半分という面白い学校で、ケニアからの留学生にも出会い、一緒にケニア料理を作って食べたりもしました。友人とは、お互い上京した今も交流が続いています。
もう1つの出会いは、ジャンベグループ『バランドゥグ=カン』。世界的なジャンベフォラ、ママディ=ケイタ氏が行った地元でのワークショップで、彼の故郷の村の名前を取ってつけられたチーム名だそうです。2003年の夏に、アフリカに関心のあるメンバーたちと出会い、参加させてもらうことになりました。
練習はいつもアットホームで、基本的なリズムをおさらいした後、メンバーがワークショップなどで仕入れてきた新曲にも挑戦しました。地道な練習の成果を発表する機会にも恵まれ、時にはステージの上で演奏したりもしました。そんな時には、APUから助っ人ダンサーが応援してくれたりと、楽しい交流を続けました。個人的にはなかなか上手にならず、基本の3音を出し分けるのにも苦労しましたが。
ジャンベの魅力は、腹の底に響く重低音と頭の先を突き抜ける高音が、問答無用で迫ってきて、魂が揺さぶられること。から元気的な激しさではなく、体が反応して自然に揺れる感じがなんとも心地良いです。
参加して1年が経ち、代表のぴろさんの転勤などが重なって、バランドゥグ=カンは解散しました。自分はその後、東南アジア青年の船に参加し、翌年上京。新たに知り合った友人と練習を始めたりもしましたが、練習場所などの問題もあり、なが~い休止期間は今も続いています。押入れに眠ったジャンベが復活する日は…来るのか分かりませんが、縁を楽しみに、ライブなどに参加してアフリカのエネルギーに触れようと思っています。